下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

イーシャナプラの都城中央マウンド調査(1)

サンボー・プレイ・クック遺跡群の都城内にて発掘調査を開始しました。
都城中央に位置するマウンドで,南北に70m,東西に25m,高さ約3mの規模でこの地域では最も大きなマウンドです。
ラテライトや煉瓦が散乱しており,一部には地上に遺構が露出しています。
これから2週間ほどにわたって調査を継続する予定ですので,追っての続報を期待してください。。。

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タイの石切場調査

国境の町,アランヤプラテートより2時間程にて,ダンレック山脈の南麓に位置する採石場跡地を調査に訪れました。
数か所の岩壁には高さ4m以上に渡って重数層の石材が切り出された痕跡が残されており,圧巻です。
石材の質やサイズより,カンボジア国内のある大型遺跡に運び出された可能性が高そうです。

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カンボジア調査

久しぶりに一人でカンボジア調査に来ました。
一人で来るとなんて楽なんだろう・・・と感じつつ,一年で最も気候的に快適な12月という時期を活用して,外でも頭をフルに使える調査を。。。ということで仕事に没入。

シェムリアップでは,これまで懸案であったアンコール・トム周辺の未確認の変則地形を回りました。アンコール・トムと東バライの間の地区が主な調査地区,ということで出発地点は死者の門より。(そういえば,死者の門の象の鼻にサポートが。)

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雨期明け直後ですが,水はかなり引いており,ジャングルの中は比較的歩きやすい小道もあり,虫や鳥の声で騒がしい森の中をGPSを頼りにひたすら進む。
歩ける程度とはいうものの,全く見通しが効かない森では,航空測量で得られた地形図の精度を確認することは困難で,ようやく座標上の変則地形へたどり着いても,はたして地図上のどこにいるのか全く分からない状況。
数点の土器等を発見して,ここが居住区であった可能性の痕跡に小さな喜びを得る以上の成果はあげられず。。。


バイヨンでの修復工事は順調に進んでいるようです。新材の調達がままならず,アドミサイドでは困難が尽きないようですが,寺院東門と回廊では部材の仮組作業が進展し,まさに寺院の正面観がぐっと引き立ちます。
本設置にあたっては,基壇の変形を修正することが求められ,工事完成時点でのイメージは先行して得られますが,そこに至るの仕事は膨大でしょう。

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東参道の発掘調査はさらに難解な出土状況を極めており,複数の柱穴の調査に入っていますが,一つの穴に2本も3本もの木柱が立ち,少しずつ位置を調整していた様子が推察され,複数回に及ぶ増改築の過程を明らかにするのは一筋縄ではいかなそうです。

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さて,コンポン・トムはサンボー遺跡では,N1塔の南面の修復工事を進めています。南面階段側壁の工期が延びてしまったために,残りの作業を急ピッチで進めなくてはなりません。技術的にも難題である扉開口部の支保工の設置について検討を行い,工事に取り組んでいます。現在はプノンペンから資材の取り寄せをしていますが,今回の渡航中に一通りの設置を終えるのは難しそうです。

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また,基壇足元の煉瓦積みの安定化処置も同時に進めています。緩んでいる煉瓦積みの目地間へのグラウト作業が中心です。

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改修工事が終わったサイトの現場倉庫では,地階を観光客にオープンする遺物展示スペースにするために,展示遺物の設置作業を進めています。これまでの調査で発見して,ここに運び込んだ思い出深いオブジェクトの多くが日の目を見るということで楽しい仕事です。

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今回の中心となる調査は遺構目録を更新し,図面集の立面図の作成を進めることです。すでに基本的な遺構目録はできていますが,ここに建築的な記述を追加し,重要な遺物や古写真等の情報を追加しています。建築的な記述についてはどの程度詳細を加えるかが難しく,パルマンティエによる既往文献と重複しないように,そして新たに確認された重要な点をいかに追加するかという作業になります。
ここ数日の間に主要な祠堂を一通りめぐりましたが,こうしてじっくりと各祠堂を観察して回るのは久しぶりで,この涼しい天候もあってか,鮮明に建築が見え,新鮮な発見に満ちています。
と同時に,倒壊の危険に瀕している箇所が多いことも改めて実感され,これらをいかに補強し,修理するか,現状のペースでは到底追いつかない状況に絶望します。

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現在行っている修復工事を考えても,煉瓦造遺構で本格的な修理を行うと,たいへんな作業量となり,個別の遺構に対して長時間の工期が必要となってしまいます。こうした本格的な修理を地道に継続していくことに加えて,より効果的な仮説的支保の方法を考案することが必要です。
また,伸び続ける草木の除去も頭の痛い課題です。今年8月に実施した遺跡保存のワークショップの後に,カンボジア政府が草刈部隊を新たに立ち上げ,作業を開始したのは一歩前進ですが,遺跡の規模を考えるとさらに努力が求められます。
修復保存の事業規模をいかにして大きくしていくのか・・・作業のペースをあげるのか・・・悩ましいばかりです。

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サンボー・プレイ・クック遺跡群のレセプションセンター オープン!

このたび,サンボー・プレイ・クック遺跡群のレセプションセンターの竣工式が執り行われ,施設の利用が一部で開始されました。

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レセプションセンターは,遺跡群の管理事務所,チケット販売,レストラン,地域物産品の実演販売可能なマーケットなどの施設を含むもので,遺跡へアクセスする道路舗装整備と駐車場が工事併せてアジア開発銀行のプロジェクトとして行われました。

サンボー・プレイ・クック遺跡群保全事業では,この舗装道路のルート設定や,レセプションセンターの建設予定地の検討,候補地での事前発掘調査,そして施設のデザインに協力をしてきました。

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レストランとマーケットの利用が開始され,これまで遺跡群の寺院境内に位置していたレストランが新しい施設に移動して多くの国内外の観光客を受け入れています。
マーケットについてはできるだけ地域物産品の販売を目指すことになっており,周辺の7カ村がそれぞれ特徴的な物品を検討しますが,現実的に隣接する村落で特徴のある商品の開発は今後の大きな課題です。

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管理事務所やチケット販売については,遺跡群の管理体制の整備とあわせて具体的な組織化に取り組まれる予定です。現在準備が進められている,この遺跡群の世界遺産登録申請においてもマネジメントプランの充実が求められていますが,管理組織構築の主導権争いが静かに生じており,難しい現状があります。

これまでにも遺跡群を管理してきた文化芸術省が,積極的に管理計画を準備してきましたが,すでにカンボジア国内で世界遺産に登録されたアンコール遺跡群やプレア・ヴィヘア寺院と同様に,その上位の行政組織が独立した機構を立ち上げることを検討しています。その他,様々な思惑が絡み,たいへん複雑な状況となっている現状です。
管理事務所のオープンは,これらの問題解決を象徴的に示してくれることでしょう。

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バイヨン本尊仏の再安置プロジェクト(その6)

【本尊仏再安置への願い】

東大寺の大仏、そして大仏殿が幾多の災難に遭いながらも、修復・再建されてきたことはよく知られている。中でも、重源と公慶の勧進によって復興された異なる二つの時代の物語は有名である。重源には複数の協力者がいたのに対して、公慶は再建資金を集めるために全国行脚を一人で行い、7年間の苦難の末に1万両、今にすれば10億円の寄付を集めたという。

この公慶の寄付には、貧しい民衆の多くが協力したというが、そこには寄付者と大仏との間に「結縁」を得て、来世の幸福を得ようとする民衆の切なる願いがあったともいう。大仏殿の再建にあたっては、幕府も支援をしたが、大仏そのものの修復にあたっては、こうした民衆からの支援だけで全てがまかなわれた。

アンコール遺跡群の寺院もまた、人々が神仏に帰依する心によって、建立された部分が少なくなかったものとも考えられる。もちろん祭政一致の国家体制において、王がこうした寺院建立を強力に牽引したことだろうが、それだけではこれだけ大規模な事業を成し遂げることは難しかったに違いない。民衆個々の力が神の御許一つに集約されてこれだけの寺院建設が完成した。


現在においても、遺跡修復の規模にもなると、やはり個々人の協力に負うのは難しいといわざるを得ないが、今回の本尊仏再安置プロジェクトにおいては、個人と歴史的寺院とが縁を結ぶための機会にできたらと思う。

世界共通の財産であるアンコール遺跡の仏教寺院でもあり、日本をはじめとして海外に住む人々がこの事業に協力頂くことを切実に願うとともに、どんな小さな協力でも良いからこの寺院と共に生きる地元の人々、カンボジアの人々からの支援もまた得て、この事業が進められたら本当に意義ある事業になるだろう。


資金面での支援でも、現場作業の上での協力でも、なにかそうした場を設けられないだろうか。支援をされることがあまりにも一般化しているこの国でも、寺院を故郷の村に建設したりするような、特に信仰にまつわる部分では様々な奉仕の精神が生きている。そうした精神をここに持ち込むことによって、本当の意味で喜ばれるべき本尊仏再安置の落慶を迎えることができるように思う。

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