下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

アンコール遺跡群の古代都市調査

2011年4月にアンコール遺跡群上空のヘリコプターからレーダ測量を行ったデータによってアンコール遺跡群に古代都市の痕跡が明瞭に浮かび上がったことが今年7月の論文にて報告されました。
Khmer Archaeology Lidar Consortium
PNAS paper

このLidar計測のデータによって確認された古代の都市構造の解明を目的とする研究が,大阪市立大学原口強准教授を中心に進められています。

都市計画の骨格をなしているものと推測される水利構造についての現状を確認するために,アンコール遺跡群を貫くシェムリアップ川や格子状水路の痕跡,そして溜池の残存状況についての踏査を行いました。

シェムリアップ川はアンコール時代に人工的に流路を変えられた水路です。現在は大貯水池,東バライの西側に築かれたダムによって水流の管理がされており,王都アンコール・トムとシェムリアップ市街へ分岐されています。

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雨季にはかなりの流量がありますが,この20世紀前半に造られたダムができる前,古代アンコール時代の流路については定かではありません。
このダムの下流側にはスピアン・トゥモーと呼ばれる古代の橋が架けられています。この橋はアンコール・トムの勝利の門から延びる大通りを渡しており,重要な交通路を支えていました。現在では古代の石積みの橋の脇に流路が迂回しており,古代橋の橋脚の裾とのレベル差から,シェムリアップ川は約3m往時よりも川底を削り取っていることを示しています。

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この橋は,他の寺院で利用されていた部材を再利用して造られており,多数の彫刻部材が混ざっています。十分な調査はしていませんが,おそらくバイヨン時代の遺構の再利用部材であることから,この橋の建造年代が推定されるところです。
そのため,上流側の土手を切って分岐した工作年代もバイヨン時代以降と推察も可能ですが,シェムリアップ川の流路は周辺の格子状水路との位置関係で決められているように看取されます。格子状水路の一部は大型寺院の境内にも連続して残されていることから,格子状水路の建造年代が推定されるところですが,橋の築造年代とあわせて考えると整合させるのが難しい状況もあります。既存の格子状水路にシェムリアップ川となる水流を引き込んだというのが正しいところかもしれません。

今回はアンコール・トム研究の第一人者であるジャック・ゴシエ教授へのインタビューを行いましたが,トムの環濠や周壁,そして都城内部の各構造の築造年代について等,示唆に富む見解を多く指導いただきました。複数回の改変を経て現在見られる姿に至っている点を考慮して,都市計画や水路構造も複数の過程やバリエーションがあった点に注意する必要がありそうです。

また,こうした水路らしき遺構の構造を確認するための発掘調査が,奈良文化財研究所の杉山洋先生を中心として実施されました。今回は雨季であったために,予察的な調査にとどまりましたが,土器を中心として多数の出土物が検出され,アンコール・トム内での生活の気配が色濃く感じられる結果となりました。

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(下田)

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