下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

プレア・ヴィヘア寺院の建築学的調査

プレア・ヴィヘア(カオ・プラ・ヴィハーン)寺院は2008年にユネスコ世界遺産に登録された後,遺跡周辺の国境線をめぐってカンボジアとタイにおいて衝突が生じました。2011年頃より両国間は徐々に安定化し,比較的安全に遺跡を訪れることが可能となりつつあります。ただし,今でも多数の兵士(ヘリテージガード)が寺院付近の前線に築かれた塹壕にて警備にあたっており緊張した状況は続いていますので観光での訪問には注意が必要です。2012年より名城大学溝口明則教授を中心としてプレア・ヴィヘア機構と名城・早稲田大学共同調査隊による建築学調査が進められています。

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研究の主たる目的は次の通りです。
① 測量データにもとづく寺院の設計技術の研究
② 現状の形状記録と図化資料の作成による将来的な保存工事のための基礎資料の構築
③ 寺院の増改築の経過と年代の推定
④ 遺失した木造小屋組みや崩落した石造構造の復元研究

今回は8月上旬から9月半ばまでの調査期間で,早稲田大学建築史研究室による平面形状の補足測量,東京大学池内研究室による三次元形状計測,そして早稲田大学内田悦生教授らによる岩石学的な分析に基づく増改築の研究が進められています。
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以下には「増改築の研究」の一部を紹介したいと思います。
プレア・ヴィヘア寺院は南北に5つの楼門(ゴープラ)が約800m長さの参道に貫かれて配置され,最南端に最奥の回廊に囲まれて中央祠堂が建てられています。
寺院内の各所からは碑文が発見されており,こうした碑文の書体や記載されている年代・王名によって建物各部の建造年代が推定されています。

こうした史料研究に加えて,各建物の石積みを観察することで同一壁体を改造した痕跡が明らかとなる場合があります。たとえば,以下3枚の写真の壁体では異なる時代の石積みを推測することが可能です。
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石積みに加えて,建物を構成している石材の大きさや形状,化学組成や帯磁率を分析することで異なる建物間での改造の順序を関連付けることも可能です。

また,近接した建物であれば,装飾彫刻が施された面を観察することで建造時期の前後差を見分けることもできます。
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プレア・ヴィヘア寺院は砂岩の岩盤上に建てられていますが,周辺の露頭には寺院の石材を切り出した痕跡が多数残されており,建物と石材供給源との関係を考察することも可能です。また,建物の一部は石積みではなく岩盤を彫り出して造られています。
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その他,建物各所の装飾様式の比較によって建造年代や経過を推定することもできます。装飾様式はプレア・ヴィヘアから遠く離れた遺構との建造時期の関係を推定する手掛かりにもなります。
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このようにしてプレア・ヴィヘア寺院の増改築の過程を考察していますが,かなり複雑な状況であることが判明しつつあります。増築だけであれば話は単純ですが,改築や前身の遺構が取り壊されて立て替えられている場合もあり,既に失われた建物も含めてこの複合的な寺院が今見る姿に至った経緯を推測する作業は困難を極めています。

今後は寺院の設計技術に基づく増改築の整合的な説明と,装飾様式の分析をさらに進めていく必要がありそうです。(下田)
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