下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

建築遺産演習 in ミャンマー(その4)

〈7月25日〉

建築遺産演習5日目。この日はピイよりベイタノーを経由し、最終調査地であるバガンへと移動した。ピイからベイタノーまでは車で4時間。直線の街道を延々と北上する。朝6時にホテルを出発し、途中で一度朝食のために停車した。朝食は地元の大衆食堂のような所で、注文したメニューは大豆の練り物を平たく伸ばして揚げたものに豆のペーストを挟んで食べる、ミャンマーの朝食の一種らしい。

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 田園風景を車窓に見ながら更に数時間、車内では『ビルマの竪琴』を流しつつ、荒い舗装の道を進む。ベイタノーに到着したのは12時過ぎ。その後のバガンまでの行程も考え、滞在はおよそ2時間となった。ベイタノー考古学博物館にて温かい歓迎を受け、博物館の見学をする。博物館は天上の高い開放的な建物で、出土品や遺構の平面図、一帯の古代王朝の歴史についての展示が為されている。我々は学芸員からそれらの解説を聞きつつ、ひとつひとつ丁寧に見て行った。ピイ、シュリクセートラとの違いで目に付くのは、シュリバスタのシンボルがあしらわれた骨壺の数々である。シュリバスタとは恐らくサンスクリット語で無限の結び目を指す言葉で、長寿と永遠の愛、仏の慈悲深さを表すものとされている。また、ピイの博物館と違って仏像など信仰に直接関するものが少なかったことも特徴的だった。

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続いて、城壁内の遺跡を実際に訪れた。ベイタノーの遺跡は四方を全長約4キロの城壁に囲まれており、面積が非常に広い。その内外に発掘現場や遺構が点在している。始めに訪れたのは城壁内に位置する僧院とその関連施設跡である。ここにはインフォメーションセンターが併設されており、そこでベイタノーにおけるピュー王朝遺跡の概要やゾーニングについての情報を得ることができた(図5)。見学した遺構はパゴダ跡、僧院跡、それから用途不明の宗教施設である。この宗教施設については明確なことはわかっていないが、この地域には菩提樹に対する信仰が根付いていることから、植樹のための菩提樹の苗木を栽培したり、何らかの宗教的儀礼を行う場所であったと推測されている。僧院跡では個室に立ち入ることも可能であるが、これまでに何度も復元されているために、どこまでが原初の素材と石組みなのかは不明な箇所が多かった。それでも4畳程の狭い間取りからかつての僧侶の生活の片鱗を窺い知れる。

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次に訪れたのは王宮跡であるが、王宮の建物自体は発見されていないようである。案内された建物は規模から察するに倉庫のような場所であったと考えられている。その周辺でもう3ヵ所ほど宗教施設とされる遺構を見、それから城壁の外にある共同墓地の遺構を見学しに行った。

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この辺りは現在でも屋外で土器が焼かれており、サイトまでの道中でその場所が確認できた。この墓地は女王の墓であるとされており、発掘現場をそのままの形で保存展示している。ピイの遺構と違い、ここでは景観を考慮して覆い屋に地元の伝統的な技法を採用している。覆い屋そのものも見事であるが、数年おきに覆い屋自体の修復が必要とされるため、遺跡保全のために果たしてこの方法が最適といえるのかは疑問が残る。

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 共同墓地跡を最後に、遺跡を案内してくださった方々に別れを告げ、バガンへと向かった。途中16時頃に遅めの昼食、19時頃にトイレ休憩を挟み、再び6時間掛けて北上した。ベイタノー以降は植生も変化を見せ、車窓からの風景は岩肌の露出が多い平らな地形へと変わっていった。バガン到着は陽もすっかり暮れた21時頃である。夕食の後ホテルにチェックインし、5日目の行程を終えた。

川畑香奈

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