下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

ミャンマー 〈ピュー遺跡〉 の調査

3月上旬にミャンマー中部に位置するピュー王国の古代都市「シュリクシェトラ遺跡」の調査を行いました。

ミャンマーは初めて訪れる国で,入国から新鮮な空気感に気持ちが高ぶっていましたが,ヤンゴンの近代建築とパガン大遺跡群を見学をして回った後り,専攻の修士学生のインターンシップの受け入れ先を依頼した機関をいくつか廻ったのち,ピュー王国の都の中でも最大級の遺跡群シュリクシェトラに入りました。

サンボー・プレイ・クック遺跡を研究している私にとって,この遺跡は同時代の城郭都市として重要な比較対象遺跡の一つで,いつの日か訪れたいと念願していたサイトでした。

最寄りのピイの町まではバガン遺跡よりローカルバスで向かいましたが,10時間以上の悪路を揺られ,久しぶりに過酷な旅路を体験しました。

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着の翌日からバイクに乗って遺跡群内の博物館の他,主要な遺構を回りました。今回は個人での予察調査でしたので,身軽なフットワークで回ることが身上です。

この古代都市は南北に4.4km,東西に3.8kmの卵型に環濠と周壁を巡らせており,12の城門より内外の出入りができる構造となっています。
今回の調査では三か所の門を回りましたが,漏斗状に内側に引き込まれた周壁構造をなす門は東南アジアの他地域の都市では見られない変わった構造です。今回は特に西側のLuln Kyaw Gateにおいて門の外側環濠を横断する発掘調査を見学することができ,環濠がかなり深くまで掘り込まれている様子が観察されました。
特に都城の西側は緩やかに登る勾配を有しているため,外敵からの防御の上では弱点となり,西側と南側には三重の環濠が巡らされています。

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周壁の外側には背の高いストゥーパが三基残されています。これらのストゥーパは極めてシンプルな形状で,インドあるいはスリランカから伝来した古式の形式を残していますが,その中でも肩が緩やかな女性的な形状と肩が張った男性的なものとがあり,煉瓦の塊の内部から周囲へと発する空気の重さが異なって感じられます。

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都城内外には複数の煉瓦造遺構が点在しており,最近の考古学的発掘調査によってその数はますます増えてきていますが,今回の調査ではおよそ20の遺構を回りました。いずれも崩壊が進んでおり,逞しい推測に基づく復元工事が施されているものもあります。
遺構の多くは建造年代が不確かで2世紀から9世紀の建立と,700年もの時代的な幅をもって推測されるにとどまっています。中にはバガン王朝時代に建立されたと推測される遺構も混在しており,その編年が求められるところです。使用されている煉瓦の中には胎土にもみ殻が混ざっており,こうした混入物の年代測定には興味がもたれるところです。

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都城中央には南北520m,東西340m程の煉瓦造の周壁に囲繞された王宮地区が残されています。この周壁や内部では発掘調査が行われ,今後の進展が期待されるところです。周壁内は深い藪に覆われており,自由に踏査ができませんが,煉瓦が複雑な起伏の上に散在しており,多数の遺構が崩壊して埋蔵している様子が窺えます。

都城周壁の南西には墓葬遺構が発見されており,多数の土器製骨壺が折り重なるように出土している様子が展示されています。都市の南西は死の方角であるという広く一般的な方位観がここにも通底していたのでしょうか。

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シュリクシェトラ内を回っていると,サンボー・プレイ・クック遺跡の都城の景色と重なりつつも,やはり植生や土壌,そして都城内に点在する村落の家屋や(もっとまじめに畑作に従事している)人々の雰囲気が随分と違うこと,そして強烈な日差しと熱さは共通していながらも,より乾燥した空気が他人行儀に頬に突き刺さってくるような気がしました。

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ピュー王国の城郭都市はミャンマー内に他にも複数残されています。順次それらを巡り,自分なりの関心を見つけていつかまた戻ってきたいと思います。

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