下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

中部ニアスの民家調査

ニアス島の建築文化は大きく北・中部・南地区に分けて考えられています。当初は中部に位置した建築文化が南北に派生して現在みる多様性が生じたものとこれまでの民俗学や建築学の研究者らは認識しており,ゴモと呼ばれる中部に位置する民家はニアス島の建築を考える上で重要な位置を占めているようです。

中部ニアスは交通の便が悪く,悉皆調査が行われていない状況のようですが,今回は伝統的な民家が残された一部の地区を回りました。

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過去にこの地域を調査して回っている民博の佐藤先生の話にもとづき,ここ数年の間にも伝統的な民家が失われつつある状況が確認されました。特に,中部ニアスの民家を特徴づける二棟以上の建物が横並びに連なって一建築となる形式が今回の調査の範囲では全く認めることができませんでした。

未だに道路が河川に寸断されているような地区で,何重にも急傾斜の丘がひだ状に折り重なる地形のために移動が困難ですが,今回はバイクに乗ったり下りて斜面を駆け上がったりを繰り返し,それらの丘を一つずつ越えて残された希少な民家を回るという行程でした。


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ヒリナワロ村 ここでは5棟の伝統民家が残されていました

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そのうちの一棟の室内

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シマンダオロのオモセブア(?) 
2005年の地震によって倒壊。その後規模を縮小して現在の建物が再建。

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シフォロアシの民家(オモセブアかオモハダか?)
訪れた二日前に主人が亡くなったとのことで葬儀の最中。

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室内には親族が集まり

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木部への装飾は室内外共に充実した家屋


特に印象的であったのは,ゴモの中心地区の手前に位置するテテゲウォという旧村落の跡地とされる地区で,丘の頂部に円形のテーブル状に彫刻加工された巨石が散在しているサイトでした。過去には多数の装飾石材が残されていたようですが,多くが盗掘され,現在では麓の民家にいくつかが保管されているのみです。
地元の方によれば,過去には(60年以上前という・・・)この頂部に首長の住居であるオモセブアが建てられており,村民の民家であるオモハダは丘の麓に分布していたとのこと。
丘の上からは周囲の山並みが一望され,ここに背の高いオモハダがそそり立ち,巨石装飾が立ち並んでいた往時の様子は壮麗で霊的な神秘性を漂わせるものであったことでしょう。

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案内してくれた麓の村民の息子6歳。抱えているのは自分で木を登ってとってきたパパイヤ。。。

今回はたった一日の調査で,訪れることができた地区も4か所と限られましたが,今後の機会が得られれば,さらなる調査を行えたらと思います。

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バオマタルオの伝統的木造民家の修復工事計画

世界遺産専攻の上北教授が代表をつとめる事業にて,8月末よりインドネシアのニアス島にて伝統民家の修復工事に関する調査を実施しました。このブログでも昨年の9月に南ニアスのバオマタルオ村の報告をしましたが,同サイトでの調査になります。

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今回は,政府からの補助金を得て,近くに修復工事が予定されている3棟の民家の具体的な修復計画案を策定し,現地の建設コンサルタントや地元行政との調整を詰めるのが目的でした。
以下には修復工事が予定されている3棟のうち,2棟についての概要を紹介します。

まず,一棟目は民家(Omohada)275と番付されている村落の入口すぐ右側に位置する建物です。この民家は少なくとも2回,あるいはそれ以上の改修が過去に加えられており,奥行きのある平面構成の前後空間の桁行方向の横架材高さが異なり,先に奥の空間,その後に手前の架構が付加された履歴が確認されました。また,棟木を持ち上げるための改修の痕跡も認められ,前面の小屋組みもその後に改変されていたようです。前室部を改変したこのような民家は他にも同村内で5棟程あるようです。

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特に先に造られたとされる奥室の壁体架構は大きく変形しており,また建物全体として木材の劣化が進んでおり,早急な修復工事が求められる状況にあります。さらに,敷地の奥が急な下り勾配となっており,建物が不当沈下を起こしている状況も確認されています。

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3割の家主資金が求められるものの補助金による修復工事がない場合には,コストのかかる伝統的家屋としての修復工事は難しく,コンクリートブロック積みの建物に立て直されてしまう危険性が高いため,この建物が修理工事の一棟となりました。

今回の修復工事では,建物を解体し,劣化木材を新材に置き換え,過去の改変部を修正することが予定されています。また,敷地奥の急斜面には水回りの新たな設備を増設することが検討されています。

二棟目は民家54と番付されている建物です。村落内の多くの民家が,本来は高床式であった建物の,通りに面した地階レベルに新たな部屋を加え,居住スペースや店舗として利用する改変を加えています。高床式の民家が連続する景観を保護するために,この地階レベルに後補された壁体を柱一間分奥に下げることを提案した修復工事案を検討しています。

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とはいえ,狭い室内に複数世帯の住民が生活をしており,居住スペースを圧迫することは住民にとっては厳しい要求です。そのため,地階レベルの表壁体を一間下げる代わりに,別のスペースの拡張を図り,また設備の改善をすることで住民との折り合いをつけることが検討されました。

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そもそも,この建物は高床式の一般的な民家群の中にあって変則的な構成であり,建物奥の床を盛って台所などの水回りスペースを設けており,改修案はある程度限定的なモデルの提案になるものと予想されます。


実際の修復工事には地域の建設コンサルタントの管理の元,地元の大工があたることが検討されていますが,文化財の修復工事という概念が希薄であり,どのような指導の下で工事を実施すべきか課題も残されています。

しかし,こうした修復工事のモデルを示し,行政からの補助金制度を少しずつ導入していくことで,加速的に改変が加えられていく伝統的な建造物群の消失に少しでも歯止めをかけ,適切なかたちで保存し,また住民の生活改善がなされることが期待されます。

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コタグデ地区保存のためのワークショップ

8月24日から30日にかけて,文化庁の文化遺産保護国際貢献事業として,筑波大学人間総合科学研究科世界遺産学専攻に委託された『インドネシアの歴史的地区の地域振興のための拠点交流事業』のワークショップをインドネシアのジョグジャカルタにて開催しました。

コタグデ保存地区における町並み保存のための研修を目的としたこのワークショップには,インドネシア各地より行政担当者,大学研究者,地域の自治的組織,約25名が参加し,日本からは世界遺産専攻の上北先生を代表として,伊藤先生,下田の他,伝統的な建造物の保存活用を専門とする計9名の専門家が指導にあたりました。

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コタグデ地区はジョグジャカルタの市街地に隣接する16世紀には王都として栄えたところで,現在にもその頃の建築様式を継承する木造民家が多数残されています。小屋組みの架構形式は独特なもので,地震の多いこの地域において,必ずしも構造的には適切なものではないものの,特徴的な伝統形式は改善を加えながらも維持されるべき価値を有しています。

また,伝統的な建築ばかりでなく,それらの建造物の間の豊かな半公共空間の利用方法も,大変価値あるものです。日本でいうおもてなしの空間となるものでしょうか。
さらに,地区内の迷路的に入り組んだ路地もユニークな町の特徴の一つです。

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今回のワークショップでは,世界遺産であるプランバナン寺院のすぐ脇に建つ保存センターの一室での講義と,現地の視察,そして参加者のグループワークを通して取り組みました。
コタグデの伝統的建造物群の保護の問題に対して,木造建築の保存のための技術的な問題のみならず,行政の補助体制づくりや住民の参加,民家の利活用の方法等と連携して総合的に検討されました。

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