下田 ‐ 建築史研究室

筑波大学 世界遺産専攻 下田一太研究室のブログです

シンガポールの文化遺産保存活動

7月11日から14日にかけてイコモスシンガポールに招待いただき,シンガポールの文化的建造物の修復現場を視察して回る機会を得ました。
12日にはイコモスシンガポールの第一回年次総会が開催され,その後,シンガポール国立博物館にて専門家と一般の方を交えた会場にて東南アジアにおける文化遺産の保存についての講演をしました。
レクチャー案内

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講演の後にはパネル討議があり,その後参加者からの質疑もありましたが,かなり複雑かつ難解な質問に,東南アジアにおけるシンガポールの文化水準の圧倒的な高さを感じました。自分自身の忘備録のためにもいくつか。
「複合的・学際的な研究が保存事業にとって有利である理由はなぜか?」
「建築遺産におけるオリジナリティーはどこに求めるべきか?」
「今日における国際的な文化遺産保存の意義はどこにあり,日本政府が遺産保護の国際事業を行っている本質的な目的は何か? 特に第二次大戦後の日本が果たすべき役割を考慮の上でどのような国や地域への支援が求められるか?」
「遺跡における観光化と許容力はどのようにバランスをとるのか?」
など。特に政治的な問題に絡んだ質問に対しては文化行政への歴史観をはらんだもので,日本人の歴史観ばかりでなく,アジア各国の歴史観の食い違いに配慮しての複眼的な見解を前提にした内容であったように思います。

シンガポールでは現在7件程の建築遺産の修理工事が進められているようですが,今回は最近工事が完成した現場も含めて,3つのサイトを担当者からの案内のもとに見学させてもらいました。

中国寺院(寺廟)「Yueh Hai Ching Teochew Temple」では,シンガポールの木造建造物の保存を手掛けるDr. Yeo Kang Shua先生に案内していただきました。

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シンガポールには数百の中国廟があると言われていますが,この霊廟はたいへん充実した装飾に満ち,1994年にある程度まとまった修理が加えられ,一部が改変されたものの,1820年代に建立され1895年頃に改修されたころの状況を良く残した建築です。5年にわたる修復を終えたばかりで,中国式霊廟にありがちな過剰な色使いや装飾は抑えたとはいうものの,屋根上に飾られた多数の陶器の物語像はカラフルかつ繊細であり,また,廟内の小屋組みに施された木部の透かし彫りや,壁体のフレスコ画,木板門への金細工など,どこに目を向けても緻密な装飾に引き込まれ,比較的小規模な廟建築ではあるものの,細部装飾の奥深さに時間を忘れて見入ってしまいます。
一坪いくらの土地かは分かりませんが,シンガポールの高層ビル群の真っただ中にあって,この寺院を維持する中国人組織の経済力と,文化遺産への理解,そして高い職人技術と保存建築家の研究能力がこの修復を実現しました。1m2あたり8000ドルの修復費用とのこと。
修復を担当したYeo Kang Shua氏の説明からは,各所にわたり大変なこだわりをもって修復デザインと保存・復原処置が施されたことを案内いただきました。

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現在修復工事が進められているCathedral of Good Shepherd大聖堂では,修復設計およびに現場監督を担当されているMr. Ho Weng Hin氏から案内していただきました。

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地下鉄工事によって不同沈下した大聖堂の構造補強と,劣化した壁体のスタッコ,床のタイル敷き等,様々な修理課題があるようです。大聖堂の周囲に地下鉄掘削工事が行われたことで,建物全体で30cm程の不同沈下が各所で生じており,壁体の傾斜・亀裂,柱の座屈等が認められます。鉄道会社はこれらの損傷への責任は負わないこととなり,日本円にして数十億円の寄付を募り工事が進められています。
不同沈下し変形した構造を以下に補強するのか,という点が大きな課題ですが,仮補強した壁体の内外に基礎杭を打ち,その杭によって壁体を挟み込んで補強する工法が進められています。煉瓦造の柱は内部に鉄骨を導入するなどして,現状の変形を保持したままで補強される予定だとのこと。堂内も各所が傷んでおり,特に内部の木造架構は損傷が著しく,鉄筋造に置き換えることも検討されていました。
また,過去に堂内の改修が加えられた部分についての復原処置が議論されているようですが,現カトリック教徒の希望より改修時のデザインで修理がされるとのことです。2015年末には修復工事は完成の予定で進められています。

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東南アジアの中華街に広く認められるショップハウスですが,Neil RoadにあるBaba Houseは当初の建築と調度品が良く残されており,シンガポール国立大学が2006年にこれを買い上げて保存展示を行っており,今回はFoo Su Ling女史に案内をいただきました。

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ショップハウスは現在でも人気が高く,ファサード以外はかなりの手が加えられて改修されるケースが多いようですが,ここでは1920年代のプラナカンの生活の様子を紹介するために,当時の姿を再現しています。最小限の修復処置に抑えることを基本としており,3階建ての2階部分までは,各部屋は当時の姿で展示されていますが,巧妙に構造補強なども図られています。3階部分は新たにガラス壁がはめ込まれて空調が入り,企画展を行うスペースとして利用されていました。

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シンガポールには登録文化財制度がありますが,修復保存方法についての規定は整えられておらず,開発業者の善意によってのみ保存処置や学術的研究の選択が拓かれるようです。観光が大きな経済の柱の一つにあって,文化遺産を現代芸術や新たな利用方法との融合によってばかりでなく,より純粋に歴史的な意味を保存する中で活用していくことが一部の専門家によって強く押し進められている現況を視察することができました。
ICOMOS SingaporeおよびにInstitute of Southeast Asian Studiesの方々にお世話になりました。

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文化財科学会 in 奈良 プラス

7月4日より6日にかけて奈良教育大学で開催された文化財科学会大会に研究室生とともに出席しました。
大会では,サンボー・プレイ・クック遺跡における年代測定や発掘調査における土層分析の結果を紹介した他,内田悦生教授のプレア・ヴィヘア寺院の伽藍内の各遺構の編年分析について連名発表を行いました。

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大会前日にはエクスカーションとして古代水田跡地の発掘調査現場を見学に参加しましたが,畦畔の微妙な土色や土質の違いを見定める精緻な発掘調査に感嘆しました。

前の週にも登呂遺跡にて水田跡地についての膨大な研究成果について見学する機会があり,何層にも重なる畦畔を検出していく仕事については,展示物のみからは信じがたいものがありましたが,実際の現場を見てその根気強く精緻な土層観察の賜物と納得しました。

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また,学会会場から近くの頭塔と元興寺に,元興寺文化財研究所の佐藤さんのご案内の元見学に行きました。頭塔はインドネシアのボロブドゥールとの関係性も想起されるような独特な形式の仏塔で,8世紀にしてみれば最新の仏教建築の様式にあったものかもしれず,当時の東南アジア-東アジアの国際交流等にも思いを巡らせる興味深いサイトです。

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元興寺は往時の大伽藍の面影を残すべく極楽坊を詳細な説明のもと見学させていただきました。また宝物殿に保管・展示されている国宝五重小塔は,古代的な建築形式を残す貴重な遺品で,各重の軒が軽やかに延びている様子が印象的です。今年中には東京国立博物館での展示のために解体作業も予定されているとのことで,再び解体中,そして東京でも再び拝見できればと思っています。

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